風の吹くまま、日々の雑感を記録しとこうか程度の日記です。誹謗中傷や個人攻撃&個人の信用にかかわること、理解を求めない一方的なコメントは、独断で削除することもありますし、閉じることもあります。


by ende_m
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山宣と渡政

 以前、ニッパチさんのブログに、山宣のことが書いてあった。山宣は好きだし、今の時代あんな人がいたら、速攻で付いていくぜと思わせる人だ。でも、僕としては、渡辺政之輔のほうが、身近に感じるんだけどなという思いがあって、長いコメントを書きこんでしまった。このブログを立ち上げるきっかけといえばきっかけなので、始める前に初心忘れるべからずということもあるので、再録しとこうと思う。



良い悪いは別にして、彼の人となりについて、僕が身近に感じると思った文章を、ちょっと長いですが、紹介したいと思います。
 「革命家渡辺政之輔」
 「彼(ワタマサ)が、私に与えた印象は、いわゆる俗にいうところの社会主義者タイプではなかった。同志渡辺君はこうしたタイプの人とは異なる人——彼はかならず最初に会った人に、この人ならばという絶大な信頼を抱かしめる。この事は、彼に接した誰もが好感をもつ第一印象であろう。第二には、相手の者が非常に幼稚な知識しかもっていない場合も、彼は決してこれに軽々しくは対さなかった。相手の真意をたしかめようと努力し、更にその意識をもっと明確なものへと導いていった。この事は我々プロレタリア運動にたずさわるものの常に心がけている事であるが、中々実行の段になると相手の真意をつかみ得なかったり、したがって、相手をして自分をその場で信頼せしめる事はなかなか容易なものではない。
 だが、同志渡辺君においてはみごとにこれをやりとげている。また当時は合同労働組合の常として、五人〜十人というような小工場の紛議や解雇があった場合、いつでも渡辺君はこれらの工場にも出向いたものだった。彼の交渉ぶりは、敵の口実を階級的なあざやかさをもって解剖し、敵をして最後のことばをなからしめた。もしもこれが永引くような場合には、彼の精悍な息は一歩もゆずることなく勇猛に突進した。(中略)この階級的な真面目な態度は、大衆の信頼をいっそう強めたし、彼の影響下にあった若い闘志たちには真面目な感化をあたえずにはおかなかった。(後略)(警視庁特別高等警察課「市川正一所持ノ証拠品第四十一号」船越三郎名の論文)
 渡辺政之輔は、1920年代の階級闘争が生み出した、魅力的なリーダーであった。みずからの命を絶ったこと、直情径行の性格、理論面でのややの粗さなどの弱点はあったが、勇敢で心が広く、威張らず、人情に厚かった。森村誠一「日本の暗黒」第二部「シリウス堕つ」より抜粋。
 この本の評価は別にして、あの治安維持法の時代に、20才で350人を組織し労働組合を立ち上げ、賃上げを30%勝ち取るなんて人がいたことに、驚きと尊敬を禁じませんでした。ニッパチさんが、さらりと山宣のことを書かれていたので、思わず書き込んでしまった無礼をお許しください。もちろん山宣も好きです。最近のブログの議論が、何だか脳内完結してしまっているのでは?との印象があって、ワタマサが身近にかんじたんでしょうね。長文で失礼しました。こんな長文を書くぐらいならブログをたちあげたほうがよさそうですね。

ということで、今回のブログの立ち上げになるのだ。

 因みに、マンガ家では、20代で夭折した楠正平が忘れられない。
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by ende_m | 2005-11-20 02:47 | 日記