風の吹くまま、日々の雑感を記録しとこうか程度の日記です。誹謗中傷や個人攻撃&個人の信用にかかわること、理解を求めない一方的なコメントは、独断で削除することもありますし、閉じることもあります。


by ende_m
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カテゴリ:日記( 34 )

閉店のお知らせ

 開店休業だったこのブログを、しばらくお休みすることにいます。
 
 ブログを初めてちょうど一年。まぁ、長くはないけど、続ける余裕もないのが実情です。

 ということで、 コメント、トラバも閉じさせてもらいます。

 余裕ができたら、引越しして、装いもあらたに、また再開したいと思っています。



 12月2日 ende_m
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by ende_m | 2006-12-02 01:46 | 日記
 北海道滝川市の女子小学生に続き、福岡筑前町の中学二年の男の子がいじめにあって自殺した。今回は、男性教師がいじめに加担したとことで、大騒ぎになっている。7年ぶりの「いじめ自殺」だそうだが、こんな統計は俄に信じられない。これは氷山の一角なんだろうと思う。

 ずいぶん前に、セクハラ問題が起き、各企業ともセクハラ撲滅について、(有効に機能したかどうかは別にしても)委員会を作ったりした。個々の事例は深刻だった。だからこそ、社会問題化したこともわかっている。だけど、同時にどうしようもない「スケベなオヤジの暴走」っていう印象もあって、悪者を排除すればという雰囲気もあった。

 その後、「ジェンダー・ハラスメント」が問題視され、職場の上司や同僚などによる「パワー・ハラスメント」になってくると、鈍感な僕でさえ「あれ、何か変だね?」って思うようになった。その当時は、何が変なのか考察もしなかったんだけど、でも「『抑圧された者の鬱積感』が、自分より弱いものに向かっていく」ということに気が付くまでには、そんなに時間はかからなかった。

 今や、「アカ・ハラ」とかいう新語も出てきた。これは「アカデミック・ハラスメント」というらしい。要するに、大学教授が院生を苛める構図だそうだ。

 そのうち「スクール・ハラスメント」とかの新語も出るんだろうと思っていたら、校長のいじめで教諭が自殺という報道があった。

 ここまでくると、病んでいるというより、「世の中腐ってきたんじゃないのか」って思う。

 で、何でこんな話を書いているのかというと、今日、安倍政権の最重要課題として「教育再生会議」っていうものが行われたとの報道があったからだ。しかも、密室でね。せめて公開しろよ!

 夕刊をみると、思った通り「…競争原理強化ともとれる課題が並び…『狙いが見えぬ』(東京新聞)」とか論評されてた。

 あのね、競争させるのは否定しないよ!だけどね、ゴール手前5メートルからスタートする奴と、スタート地点から10メートルも後方からスタートする奴と競争させて、何が競争原理だよ。せめてスタート地点は平等にしろよ。

 教育費負担が家計の50%を超えるのは、日本と韓国ぐらいだ。しかもだよ、格差社会を作り固定化させて、社会保障を削って、増税してさ、25%の金持ちの子どもと、25%貧乏人の子どもの平均点は、今や84点も開いてるって言うじゃないか。

 その上に、教育基本法の改悪だ。

 これからの子どもは、スタート地点が違うところの競争を押し付けられて、学力格差も固定化するけど、「愛国心」だけはしっかり持ってねってところだろう。

 多くの大人が将来の展望が持てない中で、このままいったら、将来に展望を持てない子どもも増えるんだろうね。 その「抑圧された者の鬱積感」は、どんどん低年齢化して、いじめは無くなるどころか増えると思う。

 少しでも歯止めはかけたいものだと思うのだ。

 
 「教育再生会議」の日に寄せて。。。(ちょっと血圧高め)
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by ende_m | 2006-10-19 01:23 | 日記

「もうひとつの日本」

 「もうひとつの日本」といっても、押さえてといて欲しいのは、今の自公の政策に立脚した現実にある日本という国のあり方ではなく、もうひとつ、今の日本に別のあり方があってもいいんじゃないのってことだから、目くじらたてて、そんなに嫌だったら、「もうひとつの日本」に行っちまえとか、「作れば」とか、「出てけ!」なんて、短絡的なのは無しね。
 でも、各自それぞれ、「こうなったらええやんけ!」っていう個人的な「もうひとつの日本」という希望はあると思うし、それはそれでその希望があることは理解するけど、納得するかは別問題だからね。
 こういうテーマは、それぞれの主観や客観が入り混じってしまうので、ここでは、私が思う、今の時代へのアンチテーゼとしての「もうひとつの日本」ということを、理解しながら読んでちょうだい。
 う~ん、なんだかまどろっこしいなぁ~。

 もう、理解できない人は、読まなくっていいや。この辺で「戻る」をクリックしてお帰りください。

 
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で、前置きが長かったけど、全労連製作の「もうひとつの日本」というDVDを観たんだね。

 DVDでの発言者(50音順)

 安斉育郎(立命館大学国際平和ミュージアム館長)
 石堂佐和(首都圏青年ユニオン組合員)
 伊波洋一(沖縄県・宜野湾市長)
 大谷昭宏(ジャーナリスト)
 大西照雄(ヘリ基地反対協代表委員・名護平和委員会委員長)
 尾木直樹(教育評論家・法政大学教授)
 紺屋典子(エコノミスト)
 品川正治(経済同友会終身理事)
 住江憲勇(全国保険医団体連合会会長)
 高橋彦芳(長野県・栄村村長)
 田中千恵子(日本医労連委員長)
 二宮厚美(神戸大教授)
 坂内三夫(全労連議長)
 藤崎光子(JR福知山線事故被災者の遺族)
 山田朗(明治大学教授)
(44分)

 普段、全労連とはつながりの深くない人たちの発言だったけど、すごく良かったですよ。ナレーターは、ちびまる子ちゃんのおじいさん友蔵の青野武さん。

 15人の発言者のインタビューが、まるでジクソーパズルのように組み合わされ、今この日本に起こっている問題を浮き彫りにしていくんだね。
 
 構造改革が格差拡大を招き、憲法の問題になっていく。ひとつひとつの事象は、それぞれが個別に起きているように見えるけど、それが有機的に結びつきながら進んでいることが、帰せずして15人の発言者のインタビューから明らかになっていく。監督も、始めから無理やり憲法の問題に結びつけるのではなく、結果として、憲法の問題に結びついていった。とコメントしてたよ。
 16000本プレスしてるし、全労連のHPからも観られるよ。

 とにかく必見だね。

 最後まで、読んでくれてサンクス!
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by ende_m | 2006-09-30 23:31 | 日記
 ここ数ヶ月更新も不定期だし、というかあんまりしてないんだけど、アクセス検索ランキングを見たら、その半数の1位~5位まで、というか、7位にも入ってるのが、「御巣高山」だったり「御巣高山 慰霊登山」だったりしてます。この傾向は、この半年変わりませんね。
 
 忙しかったりして、やめようと思ったりしたけど、去年のエントリーなのに、未だ御巣高山慰霊登山で来てくれる人のことを考えると、細々とでもと思ってます。
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by ende_m | 2006-09-14 01:06 | 日記
 東映といえば、昨年「男たちの大和」、今年に入って「明日の記憶」のヒットでお馴染みの、日本の大手映画会社だが、その東映で労働組合との裁判が起きている。
 ことは、昨年に法制化された「高齢者雇用安定法」に基づく、「60歳以上の再雇用の問題」だが、なんと、東映は退職金の大幅カットを再雇用の条件にしたのだそうだ。要するに、60歳で定年退職する人には退職金を全額支給するけど、60歳以上働きたい人は、退職金の定年加算分を減額しなけりゃ再雇用は認めないというのだ。その減額額は、一人500万円~600万円に上る。半端な数字ではない。
 「これじゃ、定年後働きたくても働けない。」「再雇用制度のドサクサで退職金制度を改悪するのは、火事場泥棒だ。」という労働組合の主張も理解できる。
 本来「高齢者雇用安定法」は、年給の支給開始が引き上げられる事にともない、働きたいと思う希望者全員の雇用を確保するというのが法の趣旨であるはずだが、その趣旨からも逸脱している。定年延長ならば話は違ってくるのだろうが、一度、社員として辞めて再雇用されるのだから、そこで、全額もらえる人ともらえない人が出るのは、どう考えてもおかしな話だ。
大企業では、3年間は労使で話し合いがつかない場合、就業規則の変更で制度化できるということだから、その盲点をついた仕打ちですね。
 4月から制度化はされたけど、労働組合はそんなの認めていないのだそうだ。まぁ、そうだろうね。
 そういえば、ラジオ体操に参加しなけりゃ雇わないとか、年二回の献血が再雇用の条件なんて企業もあったみたいだけど、どうなったんでしょう。
 まぁ、今後の成り行きに注目したいですね。
それにしても、東映は高齢者相手の作品で稼いでいるのに、自分とこの高齢者に酷い仕打ちをするなんてのは、企業イメージを損なうだけだと思うんだけどね。

詳しくはこちら、全東映HP
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by ende_m | 2006-08-30 23:19 | 日記

赤い靴

 先日、ネットでいろんなところを見てたら、ひょんなところで、童謡赤い靴のきみちゃんの記事というか、サイトにぶつかった。

 昔聞いたことがあるような、ないような話だったけど、麻布十番商店街組合の話を見て、事実関係がはっきりしました。

 時代が時代だし、貧しいだけで子どもが犠牲になる時代。でも、今の「豊か」といわれる時代でも、昨今の嫌なニュースを見るたびに、大人の愛情が感じられない無い分、今の方が「子ども受難の時代」に思える。

 その上、戦争なんて人災が起これば、真っ先に子どもが犠牲になるんだろうと思うと、未来というか将来に対する大人の責任って大きいとつくずく思ったのでした。

 競争は、人から思いやりをそぎ落とし、戦争は、人から理性をそぎ落とす。by ende なんちゃってね。

赤い靴の女の子きみちゃん

 誰もが知っている野口雨情の「赤い靴」。この童謡は大正10年に書かれ翌11年に本居長世が作曲したものです。

 女の子の名は「岩崎きみ」。明治35年7月15日,日本平の麓,静岡県旧不二見村(現在の清水市宮加三)で生まれました。
  
 きみちゃんは赤ちゃんの時,いろいろな事情で母親「岩崎かよ」に連れられて北海道に渡ります。母親に再婚の話がもちあがり,かよは夫の鈴木志郎と開拓農場に入植することになります。

 当時の開拓地の想像を絶する厳しさから,かよはやむなく三歳のきみちゃんをアメリカ人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻の養女に出します。かよと鈴木志郎は開拓農場で懸命に働きますが,静岡から呼んだかよの弟「辰蔵」を過酷な労働の中で亡くし,また,開拓小屋の火事など努力の甲斐なく失意のうち札幌に引き上げます。
  
 夫志郎は北鳴新報という小さな新聞社に職を見つけ,同じ頃この新聞社に勤めていた野口雨情と親交を持つようになります。かよは世間話のつれづれに,自分のお腹を痛めた女の子を外人の養女に出したことを話したのでしょう。

「きみちゃんはアメリカできっと幸せに暮らしていますよ」。
 こんな会話の中で,詩人野口雨情の脳裏に赤い靴の女の子のイメージが刻まれ,「赤い靴」の詩が生まれたのです。

 後年,母かよは
「雨情さんがきみちゃんのことを詩にしてくれたんだよ」とつぶやきながら,「赤い靴はいていた女の子・・・・」とよく歌っていたそうです。その歌声はどこか心からの後悔と悲しみに満ちていたのです。

 ところが赤い靴の女の子は異人さんに連れられていかなかったのです。

 母かよは,死ぬまできみちゃんはヒュエット夫妻とアメリカに渡り,幸せに元気に暮らしていると信じていました。

 しかし,意外な事実が分かったのです。

 きみちゃんは船に乗らなかったのです。ヒュエット夫妻が任務を終え帰国しようとしたとき,きみちゃんは不幸にも当時不治の病といわれた結核におかされ,身体の衰弱もひどく長旅ができず,東京のメソジスト系教会の孤児院に預けられたのです。
   
 薬石の効無く,一人寂しく幸薄い九歳の生涯を閉じたのは,明治44年9月15日の夜でした。

 きみちゃんの亡くなった孤児院,それは明治10年から大正12年まで赤坂永坂にあった鳥居坂教会の孤児院でした。
  
 今,十番稲荷神社のあるところ,旧永坂町50番地にあったこの孤児院は女子の孤児を収容する孤女院として「麻布区史」にも書かれています。

 三歳で母かよと別れ,六歳で育ての親ヒュエット夫妻とも別れたきみちゃんは,ただひとり看取る人もいない古い木造の建物の二階の片隅で病魔と闘い続けました。

 熱にうなされ,母かよの名を呼んだこともあったでしょう。温かい母の胸にすがりたかったでしょう。
 それもできないまま,秋の夜,きみちゃんは幸薄い九歳の生涯を閉じました。母かよがきみちゃんの幸せを信じて亡くなったであろうことが,ただ救いでした。

 この街,麻布十番に眠ったきみちゃんを思うとき,赤い靴の女の子「きみちゃん」の心安らかなことを祈り,今,私たちの幸せを心から喜び感謝しなければならないと思います。
  
 母と子の愛の絆をこの「きみちゃん」の像に託し,みなさまの幸せを祈って,平成元年2月,麻布十番商店街はパティオ十番に「きみちゃん」の像を建てました。   
                                          麻布十番商店街振興組合
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by ende_m | 2006-06-17 10:44 | 日記
休んでいることにかわりないいんだけど、コメント欄とトラックバックを復活しとこうと思います。
エントリーは、しばらく出来そうもないので、気長にお付き合いを!でも、ほっといて大丈夫かわからんところだし、相変わらず管理もずさんだしね。でも見たくない人は、見なければ良いだけの話なんで、他所いってもらえればとか思いながら、つらつらと再開しようと思っているのです。ウ~ン、できるだろうか???
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by ende_m | 2006-05-30 02:09 | 日記

あぢかった!

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やっと帰京。

遅ればせながら、メーデーの写真を載せておきます。

気温は28度。とにかく暑かった!

写真は、4万人のガンバローです。

連休明けから、忙しくなりそうなので、更新も今以上に不定期になるかも知れません。
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by ende_m | 2006-05-06 22:43 | 日記

東京脱出!

06年になって嫌なこと続きです。
共謀罪は流れたけど、どうなるかわからんし、防衛庁はいつもまにか防衛省になるし、教育基本法も閣議決定して、9条改悪の地ならしが始まったし、米軍の再編に3兆円もの税金が使われるし、賃上げもしょぼいし、労働条件整備も進まんし、石原都知事は、東京都現代美術館のオープニングセレモニーで「現代美術は無そのものの、笑止千万。何も見るべきものがなかった」なんて挨拶して、またもフランスメディアを敵に回すし…。
ということで、東京にいても暗くなるだけなので、心機一転2日から東京を脱出します。本当は明日からでもと思うんだけど1日は労働祭なので、アメリカの労働者に敬意を表して参加するつもりなのです。この辺は親米だったりする。
パソコン持っていこうかと思うので、メーデーの記事になるか、はたまたキャンプの記事になるのか、日ごろの澱を流すGWになればと思っているのです。
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by ende_m | 2006-04-29 03:35 | 日記
 このブログを立ち上げて半年がたつ。基本的に気をつけてきたことは、タイトルから、検索に引っかからないようにしてきたことだった。では、なんでブログなんてものをやるのかと問われると、「別に良いじゃないか」と開き直るしかない。

 ブログは、自分の感じたことを書き留める手段としてのツールであるとともに、地べたからの繋がりを見つける手段ではないかとの思いもあった。だから、このブログを立ち上げる以前から、お邪魔していた人たちや、その後知り合った人たちとの、草の根的なつながりが出来ないものかとの思いもあった。

 出来れば、知る人ぞ知るみたいな「粋で美味しいお店」を目指したいと思ったりするのだけど、実際は難しいですな。
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by ende_m | 2006-04-21 01:08 | 日記