風の吹くまま、日々の雑感を記録しとこうか程度の日記です。誹謗中傷や個人攻撃&個人の信用にかかわること、理解を求めない一方的なコメントは、独断で削除することもありますし、閉じることもあります。


by ende_m
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19世紀に逆戻り

 6月27日、新しい労働契約法制の制定や労働時間法制の見直しを審議している「労働政策審議会労働条件分科会」の会合が厚生労働省で行われたそうだ。
 その席上、厚生労働省がまとめた素案について、使用者側、労働者側の代表が、こぞって反対を表明し、会合自体がわずか30分で中断されたんだって。

 来年1月の通常国会に法案を出すためにも、厚生労働省としては7月に中間まとめを出すスケジュールなのだそうだが、労使の合意も得られない勝手な素案を厚生労働省が押し付けること自体に無理があるといわざるを得ないだろう。
 (このブログは基本的に、あっちこっちリンクとかはりませんので、各自勝手に調べてね。その方が知識として個に蓄積されると信じているので。)

 使用者側の反対理由は、休日や深夜割り増しの残業代の引き上げがいきなり出てきたことを理由としているけど、国際的に見たら、日本の休日や深夜割り増しは低すぎるという統計もでているし、そのくらいのペナルティーがなけりゃ、なかなか長時間過密労働の緩和に繋がらないと素直に思ってしまう。

 労働者側の反対理由は、賃下げなど労働条件の切り下げを自由化する「労使委員会」制度の導入や、金銭による解雇の自由化、残業代を払わなくていいようにするホワイトカラー・イグゼンプションなどを盛り込んだ「労働契約法案」があげられる。
 「労使委員会」というのは、従業員の過半数を組織する労働組合がない場合に、会社が自らの都合の良いというか、管理職を含めた言うことを聞く労働者を組織して勝手に「労使委員会」というものを作り、そこで承認されれば、「賃下げや労働条件の改悪は合理性がある」と、法的に認めてしまう制度だし、解雇まで合法化してしまう制度だ。労働組合(特に少数組合)の存在意義、や個人の権利まで奪ってしまうことに他ならない。

 さすがに、何時間働いても残業代が一円も払われない制度については、連合も全労協も全労連も反対している。

 正規雇用を縮小し、派遣労働者や契約社員制度などの拡大で、ただでさえ少なくなった正社員は、会社から責任を押し付けられ長時間過密労働を強いられている。残業代を払いたくない企業は、管理職登用などで対応してきたが、ここに来て管理職のちょっと下あたりの社員について「自立的労働」だよね。っていうことで、残業代を召し上げようってことなのだと思う。この法律が通れば、昨今問題になっている「サービス残業」は根絶しますね。だって、残業対象じゃなくなるから。しかし「過労死」は増えるでしょう。

 こんな、おバカな法律がでる前に、反対の声をあげましょう。

 労働者がつぶれるまで、何時間も働かせられるなんて、19世紀じゃないんだから。またぞろ、「8時間は仕事に、8時間は睡眠に、あとの8時間は自分の時間に」なんて闘いが繰り返されないよう、使用者側も過去の歴史を勉強して欲しいと思ったりしたのだ。
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by ende_m | 2006-06-28 11:15 | 労働組合

赤い靴

 先日、ネットでいろんなところを見てたら、ひょんなところで、童謡赤い靴のきみちゃんの記事というか、サイトにぶつかった。

 昔聞いたことがあるような、ないような話だったけど、麻布十番商店街組合の話を見て、事実関係がはっきりしました。

 時代が時代だし、貧しいだけで子どもが犠牲になる時代。でも、今の「豊か」といわれる時代でも、昨今の嫌なニュースを見るたびに、大人の愛情が感じられない無い分、今の方が「子ども受難の時代」に思える。

 その上、戦争なんて人災が起これば、真っ先に子どもが犠牲になるんだろうと思うと、未来というか将来に対する大人の責任って大きいとつくずく思ったのでした。

 競争は、人から思いやりをそぎ落とし、戦争は、人から理性をそぎ落とす。by ende なんちゃってね。

赤い靴の女の子きみちゃん

 誰もが知っている野口雨情の「赤い靴」。この童謡は大正10年に書かれ翌11年に本居長世が作曲したものです。

 女の子の名は「岩崎きみ」。明治35年7月15日,日本平の麓,静岡県旧不二見村(現在の清水市宮加三)で生まれました。
  
 きみちゃんは赤ちゃんの時,いろいろな事情で母親「岩崎かよ」に連れられて北海道に渡ります。母親に再婚の話がもちあがり,かよは夫の鈴木志郎と開拓農場に入植することになります。

 当時の開拓地の想像を絶する厳しさから,かよはやむなく三歳のきみちゃんをアメリカ人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻の養女に出します。かよと鈴木志郎は開拓農場で懸命に働きますが,静岡から呼んだかよの弟「辰蔵」を過酷な労働の中で亡くし,また,開拓小屋の火事など努力の甲斐なく失意のうち札幌に引き上げます。
  
 夫志郎は北鳴新報という小さな新聞社に職を見つけ,同じ頃この新聞社に勤めていた野口雨情と親交を持つようになります。かよは世間話のつれづれに,自分のお腹を痛めた女の子を外人の養女に出したことを話したのでしょう。

「きみちゃんはアメリカできっと幸せに暮らしていますよ」。
 こんな会話の中で,詩人野口雨情の脳裏に赤い靴の女の子のイメージが刻まれ,「赤い靴」の詩が生まれたのです。

 後年,母かよは
「雨情さんがきみちゃんのことを詩にしてくれたんだよ」とつぶやきながら,「赤い靴はいていた女の子・・・・」とよく歌っていたそうです。その歌声はどこか心からの後悔と悲しみに満ちていたのです。

 ところが赤い靴の女の子は異人さんに連れられていかなかったのです。

 母かよは,死ぬまできみちゃんはヒュエット夫妻とアメリカに渡り,幸せに元気に暮らしていると信じていました。

 しかし,意外な事実が分かったのです。

 きみちゃんは船に乗らなかったのです。ヒュエット夫妻が任務を終え帰国しようとしたとき,きみちゃんは不幸にも当時不治の病といわれた結核におかされ,身体の衰弱もひどく長旅ができず,東京のメソジスト系教会の孤児院に預けられたのです。
   
 薬石の効無く,一人寂しく幸薄い九歳の生涯を閉じたのは,明治44年9月15日の夜でした。

 きみちゃんの亡くなった孤児院,それは明治10年から大正12年まで赤坂永坂にあった鳥居坂教会の孤児院でした。
  
 今,十番稲荷神社のあるところ,旧永坂町50番地にあったこの孤児院は女子の孤児を収容する孤女院として「麻布区史」にも書かれています。

 三歳で母かよと別れ,六歳で育ての親ヒュエット夫妻とも別れたきみちゃんは,ただひとり看取る人もいない古い木造の建物の二階の片隅で病魔と闘い続けました。

 熱にうなされ,母かよの名を呼んだこともあったでしょう。温かい母の胸にすがりたかったでしょう。
 それもできないまま,秋の夜,きみちゃんは幸薄い九歳の生涯を閉じました。母かよがきみちゃんの幸せを信じて亡くなったであろうことが,ただ救いでした。

 この街,麻布十番に眠ったきみちゃんを思うとき,赤い靴の女の子「きみちゃん」の心安らかなことを祈り,今,私たちの幸せを心から喜び感謝しなければならないと思います。
  
 母と子の愛の絆をこの「きみちゃん」の像に託し,みなさまの幸せを祈って,平成元年2月,麻布十番商店街はパティオ十番に「きみちゃん」の像を建てました。   
                                          麻布十番商店街振興組合
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by ende_m | 2006-06-17 10:44 | 日記

格差社会が止まらない!

 「格差社会について考える」というエントリーを書こうと思って、このくそ忙しい日常の中で色々調べてみた。格差社会を考える上では、やっぱり派遣労働者の問題は避けて通れないし、今年の7月で、労働者派遣法が施行されて20年になるしね。当初14万人の派遣労働者は、今や230万人。
 当初の専門職という枠組みも何処へやら、企業にとっての雇用の安全弁としての役割が全面展開されている。派遣労働者についての、詳しいエントリーはもう少し後にして(ご勘弁!)、調べている中で、こんなことまで想定していたのっていう面白い事を見つけたので、とりあえず報告しときますね。

 それは、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分基準の具体化、明確化についての考え方」昭和61年4月17日労働省告示37号という、労働省の小難し手引きなんだけど、要するに請負契約と派遣事業についての考え方を、事例をもとに具体的に解説してあるものと理解しとけばいい程度の話です。
 そこには、具体的判断基準が、「医療の場合はこうですよ、製造業の場合はこうしなさい」とかこと細かに書いてあるんだけど、そこに、読んで思わずビックリしたのが「バンケットサービスの場合」というのがあって、こう書かれている。

 業務に従事するバンケットコンパニオンの決定についてはホテル等による指名や面接選考等を行わずバンケット業者自らが行うこと。また、同一の宴席におけるバンケットサービスを複数のバンケット業者が請け負う場合には、異なるバンケット業者のバンケットコンパニオンが共同して1つのサービスを実施することのないよう、あらかじめ各バンケット業者が担当するテーブルやサービス内容を明確に区分していること。

 あらら、なんで、ここだけ、こんなに具体的なのかしら。具体的といいつつ、お役所言葉で全体的には抽象的に薄めてるという印象を持ったんだけど、その中で、なぜかやたら具体的なオーラを発してましたね。派遣労働者と請負については、偽装請負問題なんかがあってやたらあいまいなんだけど、ここは非常に具体的なんだな。それは、揉め事があったからこそ、具体的になったと考えざるをえない。

 その具体的な揉め事を想像するに、パーティーを主催する側が、ホテル側に「いやぁ〜、今回は、きれいどころを揃えてくれんかね」「ほれ、この間のあの娘なんかも呼んでくれると助かるんだけど」なんて、ことを安易に業者に発注しちゃダメですよ。って釘を刺してる感じがすることと、パーティーに複数の業者を入れちゃって、大揉めに揉めたことがあったことが想像される。僕らは、パーティーとか身近ではないけど、立法にかかわる人たちにとっては日常茶目仕事じゃなくって、日常茶飯事なんだろうね。

 まぁ、派遣労働者については、派遣元が人選する人について、派遣先は文句を言ってはいけないし、まして、派遣先が面接なんてやってはいけないんです。
 最初この事例を見たとき、パーティーのコンパニオンでは無くて、温泉街のコンパニオンを客が指名すると、派遣法違反になる事例なのかと思ったのでした。
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by ende_m | 2006-06-16 01:30 | 雑感